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母のこと

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私の母は86歳、認知症を患ってはや10年ほどになります。
H9年、踏み台から落ちて、腰を打ってからおかしな言動が目立ち始め、当時兄と住んでいましたが、兄の留守中に出掛けたまま帰って来れなくなったり、お金の管理も、食事の用意も出来なくなり、H11年11月、我が家へ来ました。
まだらボケだった当時の母自身も、ずいぶん辛い思いをしたでしょうが、在宅の2年半、たった2年半で、宇宙人のような言動を繰り返し、目の前で朽ち果てて行く最愛の母に対して「死んでほしい」とまで思えるようになり、娘として情けない日々でした。

風邪から熱を出し食欲がなくなり、だんだん足腰が立たなくなってきて、母の部屋が2階だったために階段も背負って上り下りが必至となり、私自身も腰を痛め、すがる思いで当時のケアマネージャーさんに相談したところ、丁度近くに出来たばかりの老人福祉施設があり、そこの老健なら空きがあるかもしれないと、紹介して頂いたライフポート泉南に、H14年5月ありがたいことに運よく直ぐ入所させて頂けました。
その数年後は、同施設内のなでしこりんくうへ入所し、床ずれの治療に他所の病院に入院したこともありましたが、今現在もお世話になっています。

老健入所の日 「しばらくの間だけ入院して、治ったら退院しようね」と騙すように連れて行ったけれど、母はただボーっとしてるだけで「行きたくない」とも「イヤ」だとも一言も言わなかった。
私が帰る時も「バイバイ」と言っただけで「帰る」と言われたらどうしようかという心配をよそに、無言でした。
店が休みの日、なるべく施設には昼の食事時間に顔を出すようにしている。
とっくの昔に、私のことが誰なのか、今自分が居る場所が何処なのかも分からない、最近では言葉さえも忘れてしまったかのような母だけれど、週にたった1回か2回母の食事介助をするのが、私自身の自己満足であり、家庭介護を途中放棄した罪滅ぼしでもある。
母の健康状態も分かるし、お世話になっている職員さんたちへの感謝の気持ちを心に持って行くようにしている。
正直なところ、無表情で淡々と仕事をこなしているだけの職員さんには何も感じないけれど、忙しい中、一生懸命笑顔で話しかけテキパキ動き回ってる職員さん達にはいつも涙が出そうなくらい感謝しています。
言い方は悪いが、ある意味家族が見捨てたようなお年寄りの面倒をみることは、いくら仕事とはいえ、ストレスも大変なものだろうし、心身ともに大変だろうと思います。

昨日のテレビで、認知症の実母を手にかけて、自殺を謀った男性の話が紹介されていたけれど、理屈ではない辛さ…永遠に果てしなく続く不安
自分が元気であれば、そして生活に余裕があれば何とか続けることは出来ても、実際そうでない家族が多いのが現状だと思います。
私の身の周りでも、老老介護の家庭がいくつもある。
きっと皆、綱渡り状態で頑張ってこられてるんだと分かるだけに、私は、本当に恵まれていると思うと同時に、申し訳なくも思います。

お母さん、明日も行くからね!






 
2008年22日 未分類 こめんと- とらっくばっく-
  

プロフィール

元 りぼんのオバチャン

  • Author:元 りぼんのオバチャン
  • 手作り品と雑貨の店をやっていましたが、小学校の前という立地なので
    「お菓子置いてくれ!」
    「文房具売ってくれ!」と要望があり…
    こんなになってしまいました。(-"-;A
    こ こんなはずではなかったのに…
    (-"-;A

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